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伊丹市の小屋口村(昆陽口村、現在の伊丹市宮ノ前一丁目、中央二丁目界隈)でのこと。
十一、二歳の子供四、五人が狐の子供を二匹捕まえ、前足を縛り、更に二匹の尾と尾を繋いで放し、後から追い掛け回すなどしていて、遂には子狐を殺してしまった。 それを知った親狐は子供を殺された無念の思いから子狐を殺した子供のうちの一人の親に取り憑いた。 それからというもの、親狐に憑かれたその者はやれ油揚げを食べさせろ、やれ魚を食べさせろと言いだし、また我が子(子狐)を生かして返せと無理難題を言って家の者を困らせていた。 加持祈祷を毎日行うも一向に狐は離れようとせず、遂には医者も親類も成す術なく匙を投げてしまうという有様だった。
ある日、その話を聞いた近所の猟師がやって来て、自分が狐を落とせば狐に憑かれた者から(狐は)離れると言ったので、家族は出来る事は何でもしてみようという気でこの猟師に頼むことにした。
長野新聞 明治九年七月二十四日
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