【『ムー』掲載記念企画 第ニ弾】

ぬ え 塚


ぬえ塚 平安時代末期の都を恐怖に陥れた妖怪“鵺”(ぬえ)。
詳しい事は知らなくても、その名前をご存知の方は多いのではないだろうか。
昭和56年(1981)に公開された角川映画『悪霊島』のキャッチコピーに「鵺の鳴く夜は恐ろしい…」というフレーズが使われていたので、ご記憶にある方も居られるかと思われる。
この鵺については、『平家物語 上巻 巻第四』に「ぬえ」(原典では「鵼」)として、その出現から源頼政に退治されるまでの話が詳しく書かれている。しかしこれは往々にして源頼政の武勇伝としての色合いが濃く、詳述は割愛するが、平家物語の中の一つの寓話という位置付けは否めない。

しかし、そんなことばかりを言っていても話が進まないので、「ぬえ塚」の話をする前に『平家物語』を参考に、ここで少しばかり鵺について書くこととしよう。

平安時代末期の仁平3年(1153)の夏の夜の事(一説には73代堀河天皇の御世とも、80代高倉天皇の御世ともいう)、丑三つ時になると、東三条の森の辺りより黒雲が立ちこめ、その黒雲は御所の上に来ると内裏を覆い隠すようにそこに留まった。時にはその黒雲からトラツグミ(「ぬえ」とも呼ばれるスズメ目ヒタキ科ツグミ亜科の鳥)に似た奇怪な鳴き声も聞こえたという。

そして、その黒雲が御所の上空に立ち込めると、決まって時の帝、近衛天皇が苦しみ始めるという怪事が続いた。この帝の苦しみは、薬石も僧侶、神官の祈祷も一向に効き目が無かった。
そこで公卿達が集まり考えた結果、これは妖怪変化の仕業に違いないということで、源雅頼の進言により弓の使い手源頼政が妖怪退治のため御所に召喚された。頼政は従者として家司、猪早太(いのはやた、現在の兵庫県西脇市野村町の出身とも、静岡県の浜名湖の辺りの出身とも伝える)を連れ、内裏の大床にてその時を待った。
果して草木も眠る丑三つ時、件の黒雲が現れ内裏の上にと飛来してきた。これこそが帝を苦しめている妖怪変化に違いない、そう思った頼政は弓に矢をつがえると、心の中で静かに「南無八幡大菩薩」と念じ、黒雲めがけて矢を放った。
その手応えは確かで、妖怪は大きな音を立てて地面に叩きつけられるように落ちてきた。そこをすかさず猪早太が駆け寄り、妖怪に9度ほど太刀を浴びせとどめをさした。
駆け付けた警護の者たちともども、手に手に松明を持ちその妖怪を照らしてみると、その姿は、頭は猿、胴は狸、手足は虎、尾は蛇(『平家物語』)という禍々しい姿であったという(『源平盛衰記』 では頭は猿、背は虎、足は狸となっている)。
そして、その鳴き声が鵺(トラツグミ)に似ていた事からこの妖怪を「鵺」と呼ぶようになったのだという。
頼政は、この妖怪退治の功により帝より「獅子王」という御剣を賜わった。

後の応保年間(1161~1163)(一説には永暦元年(1160))、二条天皇の御世にも再び鵺は御所に現れている。
この時も源頼政が召喚され弓をもって退治している。

さて、頼政に射落とされた鵺はその後どうなったのであろう…
ここからが本項の主題である。
芦屋の里に伝わる話によると、後難を恐れた都の人々は鵺の亡骸をうつぼ舟(丸太をくり抜いて作った舟)に乗せ、桂川(加茂川ともいう)に流したという。亡骸を乗せた舟は淀川を下り、大阪湾を経て芦屋の浜に打ち上げられた。
災厄を恐れた芦屋の村の人々は、その妖怪の亡骸を懇ろに弔い塚を築き葬ったという。
これが今も芦屋に残る「ぬえ塚」の謂れである。

芦屋川に沿って海へと向かう。暫くすると黒松の茂る公園の中を通り、芦屋川の最も川下に架かる橋「ぬえ塚橋」がある。
その橋の東詰め、交番所の横に木々に隠れるようにひっそりと「ぬえ塚」はある。
石垣に囲まれた僅かばかりの土盛の上に大正時代に建てられた「ぬえ塚 あしやの里」と刻まれた石碑がある。
ぬえ塚については、地誌『摂陽郡談』『摂津名所図会』などにも取り上げられているが、実際のところは古代の豪族の古墳だという見解が有力だそうだ。
傍らには、芦屋市教育委員会が昭和48年(1973)に立てた説明板もあるのだが、鵺の絵も説明もほとんど消えかけていてはっきりとしない。850年という歳月は、人々の心の中から鵺という妖怪を風化させるには十分だったのかも知れない。

余談になるが、ここ芦屋市の他にも「ぬえ塚」と呼ばれるものが、大阪市(都島区都島本通三丁目)や京都市(左京区岡崎最勝寺町岡崎)にも残っている。都島の塚は、芦屋と同じく舟に乗せられた鵺の亡骸が打ち上げられた場所だと伝え、岡崎のものは鵺の棲家であったとも亡骸を葬った所だとも伝えている。しかし、岡崎のぬえ塚は発掘調査の結果、古代の古墳だという事が明らかになっている。
また、京都市上京区美福通郁芳東入ルには鵺退治の時、源頼政が鵺を射た鏃(やじり)を洗ったと言われる「ぬえ池跡」がある。この辺りはかつての御所の一角であった場所で、傍らには鵺を祀る鵺大明神の小祠がある。

ぬえ塚:兵庫県芦屋市浜芦屋町 松原公園内 

参考資料 : 芦屋市教育委員会. 芦屋の生活文化史 ー民俗と史跡をたずねてー. 芦屋市教育委員会, 1979
芦屋市教育委員会社会教育部生涯学習課編. 芦屋の文化財ハンドブック. 芦屋市教育委員会社会教育部生涯学習課, 2015
“郷土の民話”阪神地区編集委員会編. 郷土の民話 阪神編. 兵庫県学校厚生会, 1973
現地解説板(芦屋市教育委員会 昭和48年 設置)
現地解説板(芦屋市教育委員会 平成17年3月 設置)

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