おおかみづか
狼 塚


狼塚 旧瑞穂町(注1.)の中心部、桧山を少し過ぎた辺りに井尻という50戸程の農村がある。
集落の山間を通る細い道の道端に、「奉納大乗妙典往來廻國供養」(注2.)(以下の文字は埋まっていて判読できなかった)と刻まれた供養塔がひとつ、ぽつんと立っている。
これはこの村で老婆と暮らしていた狼の墓といい、次の様な悲しい話が伝わっている。

その昔、井尻の村に狼と暮らす一人の老婆がいた。
その年の秋に老婆は息子夫婦と孫を病気で相次いで亡くしており、息子たちの後を追って自分も死のうと考えていた。そんな時に何処からともなく一匹の狼が老婆の許にやって来て、いつしか老婆はこの狼と共に暮らす様になっていた。
誰もこの狼の姿を見た者はいなかったが、野良仕事の行き帰り、村の者が老婆が皿に盛った餌を狼に与えている姿を障子越しに何度となく見ていた。
村の者達はこの狼の事を快くは思っていなかった。というのも、老婆の家に狼が棲むようになってから、旅人や村の者が狼に襲われ、時に命を落とし、時に大怪我をしていたからである。狼は我が子を人間に殺されたことに対する怨みから人を襲うようになったのだった。

早春のある日の事。老婆は小さな仏壇に手を合わせ長い時間座っていた。
やがて老婆は立ち上がると、土間まで行き狼を呼んだ。
老婆は狼に諭す様に、おまえ(狼)がいない時に村の僧侶が訪ねて来て、狼は人と暮らすより狼と暮らす方が幸せだと教えられたと話した。
老婆が狼に話し終えた頃、僧侶が老婆の家を訪ねてきた。
僧侶は狼に私のお経でお前を仲間の許に帰してやるので、目を閉じて静かに聞くようにと教えた。

読経が半分ほど過ぎた頃、一発の銃声が家に響き渡った。
僧侶の前には胸を撃ち抜かれた狼が倒れていた。側には涙を流した老婆が猟銃を手に立っていた。
老婆は狼の亡骸を抱きかかえ、裏口から杉の林を通り、丘の上に狼を懇ろに葬り小さな塚を築いた。
それ以来、この村では狼に襲われる者はいなくなった。

その日以来、老婆の姿を見た者はいなかった。

伝承地 : 京都府船井郡京丹波町井尻

注1. 瑞穂町は2005年10月11日に丹波町、和知町と合併して京丹波町となる。
注2. 「奉納大乗妙典往來廻國供養」の【往】は「手篇に央」、【來】は「來」の上の横棒が無いもの、【養】は右半分が「美」、左半分が「良」の俗字


参考資料 : 『京都 丹波・丹後の伝説』 巻 京都新聞社編・刊(1977)

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