
兵庫県加古川市にある教信寺の南に「駅が池」(うまやがいけ)と呼ばれる大きな池がある。
平安時代初期、教信寺の開祖教信上人が水利の悪い印南野の農民のために農耕を手伝う傍らに造ったものといわれている。
教信上人は仏に帰依する傍らで農家に雇われ田仕事に精を出し、また老弱の人を助けその荷を背負い送り迎えをした事から「荷送り上人」とも呼ばれていた。そんな教信上人は日頃より仏の教えを人々に説き、殺生を戒めていた。
ある日のこと、村人があろうことかこの池で魚を捕り教信上人の食膳に差し出した。
人々に殺生を戒め慈悲を説いていた教信上人は心中このことを嘆きつつも、差し出されたその魚料理を黙って食した。そして、食べ終えるとこの池の傍らへと行き、先ほど食べた魚を池の中へと吐き出した。
するとなんと不思議な事であろうか、料理され教信上人に食べられた魚が再び元の姿となり池の中を泳ぎはじめた。
それを見ていた村人は教信上人の威徳と己の愚かさを改めて知り、以来二度とこの池の魚を捕る事は無くなったという。
ただ、この事があってからというものこの池では片目の魚が見られるようになった。人々はこの魚を「上人魚」あるいは「上人鮒」と呼び、教信上人の威徳を讃えると共に殺生への戒めとしたと伝える。
教信上人の教えを守り、村ではこの池で釣りをする事はなかったと伝える一方、この池で片目の鮒を釣った時は「貴き鮒、上人鮒」と言って池に放す風習があったという話も伝わっている。
同様の話は日本各地にあり、兵庫県伊丹市の昆陽池(こやいけ)にも「片目の行基鮒」という伝説が伝わっている。
まったくの余談になるが。
後日知ったのだが、私が駅ヶ池を訪れた日(2001年6月18日)の夜、駅ヶ池のすぐ近くでは21歳の孫が祖父の口座から遊興費を引き出す目的で印鑑を奪おうと祖父母宅に侵入、祖父(83)祖母(81)を惨殺するという事件が起こっている。
| 駅ヶ池 | :兵庫県加古川市野口町野口 |
| 教信寺 | :兵庫県加古川市野口町野口465 |
| 参考資料 : | “郷土の民話”東播地区編集委員会編. 郷土の民話 東播編. 兵庫県学校厚生会, 1971 |
| ビジュアルブックス編集委員会編. 今はむかし、伝説紀行 ビジュアル・ブックス 6. 神戸新聞総合出版センター, 2004 ほか |
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