明治時代、道路工事の最中に地中から「天狗の爪」が掘り出されるということがあった。
播磨国飾東郡長柄村という所は山また山が連なる場所で、長柄村の字おざみ鳴という所に道路を通すため開削していたところ、一丈余(約 3m)ほど掘った地中から長さ三寸(約 9cm)、巾七、八分(約 2~2.4cm)程の奇妙な爪の様な物を発見した。それは人の爪はもとより、獣の爪とも思われない不可解な物だった。
有識者に訪ねてみたところ、これは天狗の爪だという鑑定がなされた。真偽の程を確かめるべく、兵庫県庁に鑑定を依頼したというが、残念ながらその後どうなったのかについては伝わっていない。
伊勢新聞 明治一八年四月十一日
天狗の爪と呼ばれるものは、日本各地の寺院などに伝わっており、岩手県平泉の中尊寺、埼玉県秩父市の法雲寺、神奈川県藤沢市の遊行寺、愛知県一宮市の松源寺などに寺宝として大切に保管されている。
天狗の爪については、江戸時代の奇石収集家、木内石亭が記した『雲根志』の中に「天狗の爪石」なるものが紹介されている。
「俗に天狗の爪石という物、形爪のごとく長さ一二寸、先尖り根に肉著くるあり。色柴黒、両端鋸歯のごとく実に爪に似たり。
(中略)
また一説にいう鰐鮫の類の大魚の歯なり、これまた詳しからず。予長さ三寸、幅三寸なるを蔵す。能登所之口七尾の産なり。石中に得たりと。」
木内石亭が「一説にいう鰐鮫の類の大魚の歯なり」と記しているように、現在では天狗の爪と呼ばれる物は古代のサメの歯の化石であることが分かっている。
これらは、約3300万年前から2200万年前の漸新世と中新世に生息していたカルカロドン・アングスティデンス(Carcharodon angustidents)や約2300万年前から360万年前の前期中新世から鮮新世にかけて生息していた大型のサメ、オトドゥス・メガロドン(Otodus megalodon)或いは カルカロドン・メガロドン(Carcharodon megalodon)などの歯の化石である。
サメは軟骨魚類であることから通常は歯しか化石として残らない。さらに、古代海であった場所が海底の隆起等で山となったため、山の中からこれらサメの歯の化石が発見されることもあり、加えて、古生物学が日本に入ってきたのは明治時代になってからのことであったため、昔の人々は正体不明のこれ(サメの歯の化石)を天狗の爪と考えたのだという。
飾東郡は現在の姫路市の一部だが(注1.)、天狗の爪が発見されたといわれる「播磨国飾東郡長柄村」はもとより「字おざみ鳴」の名前を見付けることは出来なかった。
「長柄」を「ながら」と読むのか、或いは「ながえ」、「ながつか」等と読むのかについては定かではないが、仮に「ながら」と読むのであれば、旧飾磨郡の北に「播磨国神崎郡永良庄」(ながらしょう)(現在の神崎郡市川町周辺)がある。
また、播磨国ではなく丹波国になるが、篠山市西浜谷の西浜谷遺跡の西に字「名柄芦」(ながら)があり、西浜谷遺跡が『延喜式』に見える「長柄駅」(ながらのうまや)の比定地とされ、ここにも「長柄」の地名が見受けられる。
伝承地 : 兵庫県(播磨国飾東郡長柄村字おざみ鳴)
注1. 明治29年(1896)4月1日、郡制の施行のため飾東郡、飾西郡の区域をもって飾磨郡が発足。同日に飾東郡は廃止された。
平成18年(2006)3月27日、僅かに残っていた家島町、夢前町が姫路市に編入され飾磨郡は消滅した。
| 参考資料 : | 湯本豪一編. 地方発 明治妖怪ニュース. 柏書房株式会社, 2001 |
#妖怪 #天狗 #岩手県 #埼玉県 #神奈川県 #愛知県