ふ じ の も り
藤 の 森
(兵庫県小野市)


藤の森 神戸電鉄市場駅から南に線路沿いを行くと、住宅のはずれの畑の横に小さな祠がひとつある。中を覗くと五輪塔の空輪と風輪らしきものが鎮座している。
ともすれば見落としてしまいそうな小さな祠だが、乙巳の変(いっしのへん、大化の改新)で蘇我入鹿を討った藤原鎌足と三草池(加東市社町)に棲む大蛇を退治した藤原三郎太夫を祀ると伝えられている。
かつてここには楡(ニレ)の古木があり、その古木に藤が絡みついて森のように生い茂っていた事から「藤の森」と呼ばれていたという。すぐ目の前では、加古川市の国道2号線加古川バイパスと小野市の国道175号線を結ぶ「加古川小野線東播磨道」(12.1キロメートル)の工事が進められており、周辺の風景も随分と変わりつつある。
以前はここで「烏の鳴かぬ間」という行事も行われていた。

藤原鎌足については説明するまでも無いと思われるが、大蛇を退治した藤原三郎太夫とはどのような人物だったのだろう。
「藤原三郎太夫」という名の人物を調べてみると、まず最初に『歴代鎮西志 上巻』に「藤原三郎太夫季平」の名前を見出すことが出来た。藤原季平とは『大宰管内志』の「高木氏系図」によると、関白藤原道隆の四代の孫(道隆より数えて五代目、筑前守貞永の弟)で、国分氏、長瀬氏、富崎氏の祖で、龍造寺の祖とも言われているとある。また、別の「高木氏系図」では、藤原三郎太夫季平は太政大臣藤原良房の七代の孫(良房より数えて八代目、越前守貞永、顕定らの弟)としている。
更に藤原季平として調べて行くと、平安時代中期の公卿に藤原季平(922-983)の名前を見出す。こちらの季平は前述の三郎太夫季平とは同性同名の別人で、藤原氏北家遠経流(或いは長良流)の上野介藤原尚範(たかのり)の四男、藤原遠経の孫にあたる。村上朝初頭に蔵人左衛門尉を務め、後に、信濃守、紀伊守、尾張守、播磨守など地方官を歴任した。
藤原三郎太夫の大蛇退治が何時頃の話なのかは詳らかではないでの何とも言えないが、可能性としては遠経流の藤原季平が播磨守を任官していたことから考えると、後者の可能性が高いのではないかと思われた。ただ、大蛇退治をした「藤原三郎太夫」の名が「季平」であったか否かは定かではない。
その後も、「藤原三郎太夫」或いは「藤原三郎兵衛尉」と言う名前を見出すことが出来たが、何れも大蛇退治の話に登場する藤原三郎太夫とは無関係と思われた。
参考までに書くと、『河内国錦部郡水郡宮(注1.)之次第』の正平18年(貞治2年、1363)の造営記録に「番匠大工三郎太夫藤原景行」、永禄11年(1568)在銘の越前八王子殿山王大権現の梵鐘(三重県飯南郡飯南町 来迎寺蔵)に鋳物師(注2.)の名前として「大工鞍谷長屋村(注3.)住人藤原朝臣三郎兵衛尉作」の名が見受けられる。

次に、三草池の大蛇退治という面からのアプローチを試みた。何か手掛かりがあればこちらの方が「藤原三郎太夫」について追えるのではないかと考えたからだ。
加東市社町にあるという藤原三郎太夫が大蛇を退治した「三草池」だが、社町に三草池は見当たらない。三草は社町の北東の山間部、現在の加東市上三草、下三草周辺であることから、社町ではなくこの周辺にある(あった)池の可能性がある。
そこで思い出されるのが「多田池の大蛇」の伝説である。下三草の南、藤田(加東市藤田)に多田池(藤田池)という池があり、ここに大蛇退治の伝説がある。
詳しい話はいずれ稿を改めて書く予定だが、概略としては藤田村の藤田三郎太夫行安(行泰)という武士(藤田村の三郎太夫という若者、或いは藤田三郎とも伝える)が多田池に棲む人喰い大蛇を退治するという話である。
随分と回り道をしたが、藤の森(の小祠)に祀られている藤原三郎太夫とはこの藤田三郎太夫行安ではないだろうかという考えに至った。
藤田三郎太夫行泰の名は『平家物語』巻九 三草勢揃付三草合戦のくだりに
「(前略)さりながら四日は吉日なればとて、大手からめ手の大将軍、軍兵二手に分けて都を立つ。まづ大手の大将軍には、蒲御曹司範頼、相伴ふ人々、武田太郎信義、加賀見次郎遠光、同じく小次郎長清、山名次郎教義、同じく三郎義行、侍大将には、梶原平三景時、嫡子の源太景季、次男平次景高、同じく三郎景家、(中略)藤田三郎大夫行泰を先として、都合その勢五万余騎、四日の辰の一点に都を立つて、その日の申酉の刻には、摂津国昆陽野に陣をとる。」
とあり、大蛇退治の真偽は別として、実在の人物で間違いないと思われる。
藤田(加東市)には藤田行安の屋敷跡と伝えられる広い平らな場所がある。行安がこの地の出身であったのか、源平の合戦後にでも帰農したのかなどの経緯については詳らかではないが、藤田の地名はこの行安の名から付けられたと言われている。

「藤の森」という名前から、藤の字が付く藤原氏の始祖藤原鎌足と(藤田からやや離れてはいるが)地元の英雄、藤田行安(行泰、藤原三郎太夫)が祭神とされるようになったのではないだろうか。

藤の森 : 兵庫県小野市樫山町29

注1. 河内国錦部郡水郡宮 : 大阪府富田林市宮甲田町に鎮座する錦織(にしこおり)神社。明治末年に錦織神社に改称。
注2. 鋳物師(いもじ) : 鋳物をつくる職人。
注3. 鞍谷長屋村 : 現在の福井県越前市五分市町。


参考資料 : おのふるさと散歩
県民交流広場事業 三草ふれあい広場. "多田池の大蛇". 三草ふれあい広場. 2023-04-30, https://i-mikusa.com/多田池の大蛇, (参照 2024-09-30).