か さ い と こ う ぼ う だ い し
加西と弘法大師


弘法大師が日本各地を巡錫した時の話。加西の地を訪れた大師は喉が渇いたので、村人に水を一杯飲ませてくださいとお願いした。しかし、この村人は物惜しみをして大師に水を分けてくれなかった。仕方なく大師は加西を後にした。
それから間もなくのことだった、主だった川は涸れ、湧水は次第に干上がり、やがてはまとまった雨も降らなくなった。
そのため加西には大きな川や湧水がなく、雨も少ないのだという。
弘法大師に邪険な扱いをした罰(ばち)が当たったのだ。

同様の伝説は各地にあり、立正大教授、河野忠氏の『弘法水の水文科学的研究』には、弘法大師の水涸伝説として、「水を惜しんだ老婆が,嘘を言って大師を追い返す.すると湧水や井戸が白濁したり,涸れてしまって水に苦しむことになる(全国に200ヶ所以上あります).」とある。

事実、加西市は水源として活用できる河川などが乏しく、水道水は兵庫県と近隣市町から購入してきたという歴史がある。
昭和42年(1967)から43年(1968)にかけての異常渇水により、加西市は深刻な水不足になった。
加西市は、国や県、隣接自治体に飲料水の救援と将来の水資源確保を要請するが、良い回答が得られない状況に困惑していた。そんな中、市川町(神崎郡)は加西市の要請に応えて町内全域給水に先立ち、加西市へ分水することを英断。昭和43年、市川水系から貴重な水道用水の送水を始めたという歴史がある。
令和4年(2022)、加西市と兵庫県が共同で建設していた「栗田ポンプ所」(加西市北条町栗田)が完成、同年4月1日より稼動。これにより市内のほぼ全域に県営水道による配水が可能となり、令和7年度末(令和8年(2026)3月末)をもって市川町からの「友情の水」の受水が終了する。

伝承地 : 兵庫県加西市


参考資料 : 木村様よりお聞きした話
河野 忠. ”弘法水”.  河野 忠 研究室 ホームページ. http://es.ris.ac.jp/~kono/e.html, (参照 2024-02-10).
株式会社いいものタウン. ”【友情は永遠】市川町から加西市への「友情の水」供給終了へ”.  いいものタウン. 2022-04-23, https://iimono.town/topic/life/107772/, (参照 2024-02-10).