し ん ご ろ う の ひ
新五郎の碑


新五郎の碑 姫路市香寺町の畑の中に「新五郎の碑」と刻まれた立派な石碑がぽつんと建っている。
かつてはここに新五郎なる人物の塚があったそうだが、何時しか塚は失われ、今はこの碑だけがその存在を伝えている。

清瀬新五郎は今部城(注1.)主の一族で、天正時代(1573~1592)の田野(香寺町田野)の大庄屋であった。
祖先は菅原道真の末裔、相模国堀越庄の地頭と伝えられる。
建武の動乱に播磨国神西郡(注2.)に来て播磨国守護赤松氏の麾下となり、五代堀常光の時に田野に今部城を築城した。
天正5年(1577)2月、羽柴秀吉の中国征伐により赤松氏が衰退、今部城は近隣の恒屋城、矢田部城と共に落城。この時、城主堀出雲守満則は帰農して清瀬氏と姓を改め大庄屋となった。

須加院村(現 香寺町須加院)と神東郡の四ヶ村との間で山争いが起こった時、力添えを求められた新五郎は紛争の解決に尽力するが、争いのさなか流れ矢に当たって没した。

現在の石碑は新五郎の塚が失われる事を危惧した相坂(香寺町相坂)の駒田るいが、昭和9年(1934)に独力で建立されたものである。

新五郎の碑:兵庫県姫路市香寺町須加院(すかいん)
田 野 城:兵庫県姫路市香寺町田野


注1. 田野城 : 今部城。兵庫県姫路市香寺町田野。
注2. 播磨国神西郡 : 現在の神崎郡市川町甘地、同町鶴居、神崎郡福崎町、姫路市香寺町香呂、同町中寺、神崎郡神河町寺前、同町長谷など


参考資料 : 『*****』 ***** 著 ***** 発行 (****)