
日本にはダイダラボッチに代表される巨人伝説が各地に伝わっており、今もその足跡が池や沼になったと言われる場所がいくつも残っている。
奈良時代に成立した『播磨国風土記』には、託賀郡(たかのこおり、現 兵庫県多可郡)の名前の由来として大人(おほひと、おおひと)の伝説が記されている。
その昔、大人(巨人)がいた。この大人はその大きさのあまり頭がいつも天につかえるためいつも身を屈めて歩いていた。
大人が南の海から北の海に行き、東を巡ってこの土地に来た。その時、大人が「他の地は天が低くて常に屈んで歩いていたが、この地は天が高いのでまっすぐ立って歩ける。高いなあ。」と言った。それ以来、この土地をタカノコオリ(託賀郡)と言うようになった。また、大人が歩いた足跡は数々の沼になった。
『播磨国風土記』 原文
託賀郡、右所三以名二託加一者、昔剤二大人、一常勾行也自二南海一到二北海一、自レ東巡行之時到二来此圡一云下他圡卑者常勾伏而行之、此圡髙者申仰而行之髙哉上、故曰二託賀郡一、其踰迹處數ゝ成レ沼。
(※ レ点、一二点、句読点を追加)
この由来を記した碑が、那珂ふれあい館の敷地内に建てられている。
以下、由緒碑碑文より。
播磨国風土記 多可郡由来之碑
多可郡の項に、「託加と名付けられたのは、昔巨人がいて、南の海から北の海に行き、東からこの地にやって来ていうには、他の国は天が低いので常に腰をかがめて歩いていたが、この国は天が高いので伸びて歩けた。
そこで“高いなあ”といった。だからタカノコオリという」と記されている。
平成十六年五月一日
中町郷土史研究会 建立
題字 桑村 寛(注.1)
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『播磨国風土記』には無いが、多可郡に伝わる話では大人は南の島で生まれ、明石(明石市)からこの地にやって来たという。一跨ぎで三里(約12km)を歩いたといわれている。
多可郡内には「あまんじゃこ」と呼ばれる天邪鬼の伝説がいくつも残っており、このあまんじゃこが『播磨国風土記』の大人だとも、大人の子孫とも言われている。
平成22年(2010)、多可町のゆるキャラ、多可町観光PRマスコットとして県立多可高等学校の生徒たちがデザインした多可のあまんじゃこをモチーフとした「たか坊」が誕生。平成26年(2014)には「播磨国風土記編纂1300年」を記念し、「たか坊」の妹として「ふう子」が誕生した。
| 伝 承 地 | : 兵庫県多可郡 |
| 多可郡由来之碑 | : 兵庫県多可郡多可町中区東山539-3 多可町立 那珂ふれあい館 |
注1. 桑村 寛氏 プロフィール(HMV&BOOKS online より)
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